日本福祉文化学会

北陸ブロックの活動



  福祉文化現場セミナーin 栃尾の報告

■ 芳香稚草園さま作成の思い出アルバム

社会福祉法人芳香稚草園理事長 佐藤義尚

 今回のセミナーの運営に際し、等法人の施設長階層のひとり一人に、さらなる責任を持たせ、ホスピタリティーを意識した運営に資するというキーワードで、準備を致しました。
交通の便が悪い地域での開催と言うことと、保育の法人であることの意義や、知っていただきたいことをどのようにお伝えすればよいかを話し合い、具現化する作業は、ひとり一人が今まで経験したことのないものであったと報告を受けました。その中で得られたも
のは、彼ら、彼女たちにとって大変有意義なものになったはずです。
 任せること、それは大変な忍耐がいるものです。しかし、任せてみて、補い合い、訂正して、褒め合う。そのことが実践でき、喜びを分かち合うことこそ福祉の文化であり、押しつけで無い慈しみであると感じました。大勢の皆様、参加者、地域の皆様等の力の集約
を感じ取れたときが、本セミナーの成功が確信できた瞬間でした。
 全員をお見送りした後、こどもの文化祭で最後まで参加できなかった主任保育士の電話が入りました。『「今日は、最後まで参加できませんですみませんでした。こどもの作品を観て今回のセミナーを作り上げたときのことを考えてしまいました。」「最後まで完成
させたのだろうかと。」「だから、電話しました。」「ありがとうございます。」』と、私は、「今皆様をお見送りができましたよ」「ありがとう」といい、電話を切り、その場にいた、3名にも、「ありがとう、ゆっくり休んでね、半日しか無いけど」、と声をかけセミナー
を締めくくることができました。

やってみせ言って聞かせてさせてみて褒めてやらねば人は動かじ
話し合い耳を傾け承認し任せてやらねば人はそただたず
やっている姿を感謝で見守って信頼せねば人は実のらず
                              山本五十六
法人基本理念
もっと素直になれたらいいな
もっと感謝ができたらいいな


ありがとうございました。 合掌

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日本福祉文化学会北陸ブロック
福祉文化現場セミナー in 栃尾 芳香稚草園(ほうこうちそうえん)
「~こども支援のレンズから視る福祉文化活動~」

関西ブロック 岡村 ヒロ子
【1日目;10月20日(土)】
*内容;栃尾地区の紹介・社会福祉法人芳香稚草園の取組み・ワークショップ(「心や地域を豊かにする取組みとは?」「どんな取組みがあると嬉しい?」・園舎見学&絵本の読み聞かせ体験・子どもとの交流)

 2016年の「福祉文化現場セミナー in 越後」での佐藤義尚さんのトークは強烈の一言だった。中越大水害から園児たちを救ったという武勇伝に、いったい「栃尾」でどのようなこども支援を展開なさっているのだろうと興味津々だった。現在、栃尾の8割の子ども達が通う芳香稚草園は、佐藤義尚さんの曽祖父の時代から91年の歴史をもつ。地域の子育て支援一筋に携わってこられたというその重みは境内に足を踏み入れると自然に伝わってくる。寺の背後にせり立つ木々、2004年、ここから大量の土石流が境内を貫通したのかと思っただけで言葉を失ってしまった。
芳香稚草園の命名の由来は、子どもたち一人ひとり(稚草)は香しく輝かしい(芳香)存在だという。「生命尊重の保育」を基本理念として保育目標を「もっと素直になれたらいいな もっと感謝がでたらいいな」と掲げている。法人は地域の方々が幸せに心豊かにすごす環境づくりにもチャレンジしている。地域公益活動と称した「ののレンジャー」はその一つで若い保育士のユニークな発案が実を結んだ。「のの」は「のの様ののの」、世界中の人を助けるヒーロ―なんだとか。栃尾まつりの民謡流しの後に、法人の職員が着ぐるみを着て汗だくでパフォーマンスをするそうだ。法人は知らなくても「ののレンジャー」は知っているという変な定着ぶりを呈している。今回の現場セミナーでの意外性のある企画運営も若い職員に全面的に任せたという。佐藤さんは「僕はなにもいわないんですよ」とにこにこと語っていた。そのお顔は和尚そのものだった。

【2日目;10月21日(日)】
*内容;宝光院本堂講話・フィールドワーク『栃尾めぐり』(宝光院→越銘酒造→雁木通り→秋葉神社)

栃尾は上杉謙信(長尾景虎)公が青年期を過ごし初陣を飾った地とあって、多くの伝統祭りが代々受け継がれている。また雪解けの水は美味しい米を作り、地酒は天下一品。今ではメジャーになった「あぶらげ(油揚げ)」と食文化も豊かである。屈指の豪雪地帯でもある栃尾では自分の家の軒先を提供する「雁木造り」が形成されている。新潟大学の学生がデザインした雁木もあるそうで、古きものを継承し、そこに若い力も注いで新しい栃尾の街創りに取り組んでいることを実感した。石田会長が掲げる「地域発の福祉文化の台頭」、新潟栃尾からそのスタートを切った北陸ブロックの健闘を讃えたい。

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水の音と油揚げの味と ― 栃尾現場セミナーでのこと
                            斎藤 遙山 
 現場セミナーから帰って、地区社協の研修で甘楽郡南牧村を訪ねました。
高齢化率日本一という村で、その現状と方策を勉強するための訪問でしたが、お隣の上野村にも寄ってくれました。
 バスの中で、「上野村の方が明るいね」というような会話がありました。ちょうど紅葉の盛りで、上野村は雑木が多く彩があります、他方の南牧村は杉・檜の植林が迫る尾根の近くまでなされていて、勾配が急なので「暗い」ような印象を受けます。半世紀で人口が10分の一にまでなった南牧村に対し、巨大ダムからの納税があり国からの補助や話題作りが多い上野村は「明るい」と感じた方もいたのでしょう。
 南牧村は、かつて、甲信と上毛を結ぶ街道に位置していて、江戸時代には砥石の一大産地として栄え、勾配を利用した蒟蒻芋の産地であり、この地には豪商に近い人がいて、当然山林の育成も盛んでありました。ある意味で南牧村は開発されたていた村であり、上野村は山村そのものとして残された村なのでした。
 多くの山村がそうであるように、1960年代までは家庭生活のエネルギイは炭と薪に頼っており、それは里山から山村にかけての産物であり、それでもって都会との相互交流(エネルギイと資金・資材の交換)が成立っていました。
 その小さな生活の火を一方的に変えたのが、石炭石油であり、原発の巨大エネルギイでした。それによって、それぞれの地域でともに生きあってきた生活を破砕し、棲む場と「生産」(税も)を奪ってきたのでしたが、なぜか政治で食っている人たちは「過疎は地方の責任」であるかのような顔をしているのです。
 そんな対比から栃尾の町を振り返ってみると、堂々とした山都の雰囲気で、何の必要があって「長岡」ごときと合併しなくてはいけないのかという気がしました。決して長岡市民のことを腐すつもりではなく、農山村や自然を「国の基礎」であると考える政治家がなく、近世から形成されてきた地域のコミュニティに配慮することのない政治のありようの貧しさが、「過疎」を演出しているのだと思うからです。
 現場セミナーでは、芳香稚草園の活動と地域とのつながりについて、ご教示いただきました。社会福祉法人としての活動が充実している法人だから、地域においても、地域福祉実践力として充実して活動することができる、当たり前のことに感心させられたことでした。
 小出から栃尾に入って、農村レストラン「すがばたけ」で昼食をとりましたが、こういう農事法人が活動できるのも地域の豊かさの一つと思いました。それが具体的に表れるのが、「栃尾の油揚げ」で、観光マップの会員だけでも17店が加入していました。ですから、「栃尾の油揚げ」は名物なのではなく、文化なのだと思われるのです。
 交流会でのお酒もおいしかったし、むろん「油揚げ」もうまかったのです。
 翌日、フィールドワークで、酒蔵と雁木通り、秋葉社を案内していただきましたが、どこを歩いていても川瀬の水の音が聞こえてくる、素敵な街並でした。
 見学させていただいた法人も水害に遭っていることですし、町も何度も被災しているそうですが、この盆地に集まってくる清冽な水こそが、お米や野菜やお酒や「油揚げ」のもとであり、それぞれ天然の与えたもうたものと思った次第です。
 セミナーのもう一つの感想は、参加者が少なかったことの驚き、長岡の社会福祉協議会の関係者と都会(例えば東京、例えば新潟市とか)の方の参加がなかったこと、それは「自然的人間」が等閑に付されていることの一つの表れなのかもしれない、といくらか寂しい気がしました。
 わたくしは、1994年に米山の山中と柏崎で行われた「福祉文化セミナー」に初めて参加して、交流会で、いま「柳田國男を勉強する常民学舎」で福祉を考えている、と発言して、一番ケ瀬先生から「東京にもおいでよ」と言われたことでした。その折、生意気にも「東京は好きではない、沖縄とか越後とかなら参ります」と申し上げました。そう云ったからだけではないのすが、以降、なるべくそのようにしてきたつもりです。しかし、かれこれ、わたくしも「停年」なのかなと思っているこの頃なのです。
                         (2018年11月4日)


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芳香稚草園と福祉文化のこころ
北陸ブロック理事 関矢秀幸
 私たち新潟福祉文化を考える会は、会の規約も会員名簿もありません。その都度企画した現場セミナーに「この指と-まれ」の方式で平成5年から開催してきました。しかし、昨今の事情は、我々の高齢化もありますが、職場での業務をこなしながら、運営は厳しいものがあります。開催地社協や施設の力をかりて、何回か実施してきましたが、セミナー終了後は、それで終わりであり、私たちの働きかけが足らなかったと痛感しております。本来であれば、福祉文化の趣旨を理解し、セミナー会場を提供いただいたわけであり、引き続き団体会員へ、また協力施設へとの動きを我々はつくれない状況となっています。「ただ単にセミナーを開催すればよい」の時代は終わった気がしています。年々減少していく新潟会員ですが、今回は芳香稚草園さんの新規加入もあり、安堵しているところです。また、理事長の佐藤義尚さんの職員育成は素晴らしいものがあり、いくら業務命令とはいえ、職員の皆さまが真摯にセミナー運営に取組まれており、自分たちで相違工夫したプログラムを企画立案して実現していく過程は素晴らしいものと感じました。また、何かあると佐藤理事長への「ほうれんそう」報告、連絡、相談もあり、今回なぜ、芳香稚草園でセミナーを開催するのか、職員の皆さま全員が理解され、取組まれる姿をみるだけでも、セミナー開催の意義がありました。今回は大御所である、石田会長、岡村事務局長も参加され、大いに語り合うことができたと思います
 平成元年に一番ケ瀬康子会長が提唱した福祉文化のこころを理解しているつもりですが、まだまだ修行がたりません。今後も福祉文化を基点に出来る範囲で、出来ることから新潟現場セミナーを開催していきたいものです。全国の会員の皆さま、一人一会員の声掛けで、福祉文化のこころをひろめていきましょう!。学会に仲間入りさせて頂き30年目
となります。平成9年に柏崎で開催した、福祉文化総大会、初日の懇親会で一番ケ会長から注いでいただいたビールの味と「ご苦労さん」の一言が今でも思いだされます。達成感と充実感味わいたく、新潟現場セミナ-を継続していきたいものです。


 
  北陸ブロック 福祉文化現場セミナーin 栃尾 芳香稚草園(ほうこうちそうえん)開催要綱
~こども支援のレンズから視る福祉文化活動~


1.趣旨 ~芳香稚草園へのお誘い~
 上杉謙信公旗揚げの地、栃尾。上杉謙信公が青年期を過ごし「義の心」を育み初陣を飾った地です。裸押合大祭、ほだれ祭、石川雲蝶の江戸・宮彫り、あぶらげ(油揚げ)、 地酒、コシヒカリなど、文化も食も特徴ある、越後新潟の山あいの里です。
 ここ栃尾で、大正15年(1926年)に誕生した芳香稚草園 は、90年という長い年月を経て、 地域の子育てに携わって来ました。仏教の教えを基盤とし、「生命尊重の保育」を基本理念として念頭に置き、保育目標を「もっと素直になれたらいいな もっと感謝がでたらいいな」とかかげ、日々の保育に邁進しています。子どもたち一人一人が幸せに、心豊かにすごす環境を「福祉文化の視点から視る」福祉文化活動を考えます。さらに、芳香稚草園の地域公益活動の取組みを紹介するなかで、参加者相互で日々の生活の中で感じた困り感や大変さを話し合い地域に根ざした。『今できる地域における福祉文化活動』とは何かを考えます。

2.期日 2018年10月20日(土)午後1時30分~21日(日)午前11時00分

3.日程・内容(チラシ参照)

4.参加費用
  参加費   1,000円(学生無料)
  交流会費  5,000円
  宿泊費   3,500円
  バス利用費 1,000円(長岡駅・会場間往復)

5.問合わせ・申込み先
 芳香稚草園  
  メールhoiku@hokochisoen.jp
  電話0258-52-1768 Fax0258-52-1730  
 わかくさ中央保育園
  電話0258-62-1598 

要綱チラシ、申し込み書(PDF)   申し込み書(Word)

 
   「これからの地域福祉文化を語り合う集い」報告


 9月3日~4日、地域福祉学会と共催し、2004年に新潟豪雨と中越地震、2007年に中越沖地震を経験した新潟県を会場とし、県内外から24名の方から参加頂き開催した。
 初日は、大島隆代(浦和大学)さんを講師に基調講演をいただき、被災者支援に尽力された4つの社会福祉法人から当時の対応や現在の活動について学び、今後の活動について社会福祉法人の地域貢献の観点からも考えた。
 二日目は、中越地震の際に全村避難となった山古志村(現在の長岡市山古志地区)を訪ね、復興の状況について地元の復興支援員からお話しを伺い視察を行った。
 また、日本地域福祉学会と日本福祉文化学会とが「集い」を共催することで、福祉関係学会の連携・協働の促進を図ることを目的に開催したものであった。
 「集い」にはブロック内に限らず関西からの参加もあり、参加者相互の情報交換や交流を深めることができたいへん有意義であった。参加者からは「様々な分野で災害支援に関わる活動の紹介がされ勉強になった」、「離村した青年が復興交流館で働くなど、年月が経ってもふるさとを想う思いの強さに感激した」などの感想が寄せられた。
「集い」開催前の8月下旬には台風による影響で東北、北海道が甚大な被害を受けた。学会として今後も継続した研究・実践活動が求められることを痛感している。(総務担当理事 渡邊 豊)
 

参加者の皆さんから寄せられた感想を掲載いたします。
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日本地域福祉学会 関東甲信越静ブロック新潟大会
日本福祉文化学会 福祉文化現場セミナーin越後
「これからの地域福祉文化を語り合う集い」

関西ブロック 岡村 ヒロ子
第1日目;日本地域福祉学会 関東甲信越静ブロック新潟大会

【基調講演】      「災害と地域福祉」
浦和大学総合福祉学部 講師 大島隆代氏
 先生は冒頭に、ご自身が未だに災害支援の在り方に対し、悩み、戸惑っていること、実践論はもちろんだいじだが、研究者として災害支援の在り方を学問として捉え、その実態を分析し、言語化していくことが務めであると語られた。先生の研究のきっかけとなったのが2004年の中越大震災である。「災害の時、またその後に、福祉専門職は何をしてきたのか」「『地域福祉』がなぜ災害と支援を問うことを引き受けることになるのか」の問いを私達に投げかけられた。災害時は、「なんぞや」という前に「実践」が先にあるのは当然である。実践知が検証され、災害支援に関することが法制度化されていく。多様なNPOや生活支援相談員・地域福祉コーディネーターの誕生がその一例である。生活支援相談員・地域福祉コーディネーターは共に地域の方々が担う。災害時、さまざまな派遣チーム(例;DMAT DPMT等)を構想し始めた動きは国が決めたわけではない。このように災害支援体制は、現場から生まれるものであることを認識できた。講演の中でいくつか印象に残った言葉がある。
①「被災者を福祉の対象者としてしまうことに危険が孕んでいる」⇒福祉関係者のみならず、広く社会の人々は、被災者=支援を必要としている人=福祉の対象者と見がちである。「被災したことは事実だが、被災者、被災者と呼んで欲しくない」そうおっしゃるご本人の真意を思いやる想像力が私達には求められているのだと思う。
②被災者と支援者の関係を、アメリカの社会学者のマーク・グラノヴェッタ―の言葉を引用して、「被災者と支援者の関係は『強い紐帯』ではなく『弱い紐滞』が望ましい。『弱い紐滞』からは思いもよらない
情報が入り、異なる親密なネットワークの橋渡しが可能となる」
③「泥を見ず、人を見る」⇒泥かきボランティアはどうしても「ひたすら泥かき」に陥りやすい。「そうじゃない。被災者達の本当のニーズは違うところ(心の中)にある」。そのことを伝えるために石巻の社会福祉協議会の皆さんが一輪車の裏に書いた言葉である。終わったら一輪車をひっくり返して並べるの
で、その時、支援者の目には、その言葉が必ず、目に飛び込んでくる。支援者は大切なことに初めて気付く。素晴らしい仕掛けである。
④生活再建の復興はゴールといわれるが、ゴールを決めるのはだれか、そしてどんな基準ではかるのか?
⇒その生活復興感を高める要素として「市民性の高まり」「絆・リーダーシップのバランスがとれていること」「行政への依存度が低くなること」等を挙げられた。それらがゴールを推し量る一つの基準(物差し)であり、生活の復興は当事者に自立性が生まれることなのだと思った。

【リレートーク】
長岡三古老人福祉会 高齢者総合福祉相談センター福住
研究・研修センター長岡センター長 遠藤 真一氏
 長岡市は中越地震で全村避難となった山古志村の村民を受け入れたが、長岡三古老人福祉会はその拠点となった。災害時の法人としての5つの約束事項の中で「サービスの質は落とさずに守る」「依頼ケースについては絶対に断らない」「法人全体で支えていく」の3点は特に印象的だった。施設の職員も被災している、そんな厳しい状況の中で、災害はもちつもたれつ、お互い様の気持ちで支援にあたったことへの感動もさることながら「やればできるんだ」そんな思いを強くした。やはり、バックを支える法人が揺るぎないものだったのだろう。法人の理念が、単なる言葉で終わらず、職員の仕事の姿勢として浸透していたこと、そして施設にはそれを可能にするだけのハード面が整えられていたことが資料からも読み取れた。約束事項は発信力や行動力が備わらないと実践できない。災害支援は極めて戦略的だ。

芳香稚草園専務理事 佐藤 義尚氏
僧侶である佐藤さんの研ぎ澄まされた感性とぐいぐいたたみ込んでくる話術に終始、度肝を抜かれた。
モンゴルの貧しい子供たちをみて「なんとかしないといけないでしょう、ほっとけない」と危険を顧みず体を張って守った武勇伝や自らが代表を務める保育園の子ども達を中越水害から救った時の状況を見極める緻密な行動は圧巻だった。佐藤さんのようなリーダーが今の日本に存在することに「日本も捨てたものではない」と心底思えた。そして日頃から職員には「災害時、自分の体を張って人を守るな。自分が死んだら子どもは死んでしまう」と教えていると結んだ。

柏崎刈羽福祉事業協会事務局長 西川 伸作氏
柏崎刈羽には原発があり、どうしても福島原発事故を彷彿させる。
原発の10㎞圏内に救護施設・特別養護老人ホームがあるが、防護服・ヨウ素剤・放射線量測定器は揃えてあるという。それで十分なのだろうか。
西川氏は新潟県災害福祉広域支援ネットワーク協議会を発足させ、具体的なシステム化に向けて取り組んでいる。(案)が取れて、起動しはじめる日も間近だと思う。そのキーワードを「災害福祉のネットワークへの取り組みは、自分と家族、そして地域を守ります」「災害福祉のネットワークへの取り組みは、自分の事業所・利用者・仲間を守ります」そして、「災害福祉のネットワークの構築は、災害時の福祉支援体制を作らなければならない行政と福祉事業者と住民が一緒に取り組むことが必要です」としている。最後に「災害福祉のネットワーク=心豊か=福祉文化の創造」とまとめ、一番必要なことは「人と人のネットワーク」と提示していた。災害時に身を守るのは、日頃からの関係づくり、つまり今、多くの地域で失われている顔の見える関係なのだということを再認識した。今の日本は、一年を通して地震のみならず集中豪雨、土砂崩れ、台風等々の自然災害がどこで起きてもおかしくない。災害福祉のネットワークが福祉文化の創造までに根付かせることは、西川さん共々、私達に課せられた役割である。

第2日目;日本福祉文化学会 福祉文化現場セミナーin越後
長岡市山古志支所やまこし復興交流おらたる、中山隊道、アルパカ牧場視察

 日本福祉文化学会では研究のみならず、現場からの学び(=実践)、すなわち現場セミナーを重視している。今回は、日本地域福祉学会との共同開催でその主旨が実現した。日本福祉文化学会は中越大震災発生の翌年2005年に長岡市で全国大会を開催した。私は参加できなかったが、その時のフィールドワークでは山古志村の方々が生活している仮設住宅を訪問し、皆さんと交流したという記録が残っている。今回、訪問した「やまこし復興交流おらたる」の“おら”は自分、“たる”は「この辺り」という意味で「おらたる=自分の地域」という方言である。中越メモリアル回廊では、地震のメカニズム・山崩れの様子・寸断された幹線道路を音と立体画像でリアルに体験した。地震発生直後、避難所、仮設住宅での村民の方々の様子を映した多くの写真、切々と胸の内を読み上げた短歌等々が壁面だけでなく床面まで展示されていた。
 全村避難を強いられた山古志村、英断を下した村長、受け入れた長岡市、スピード感ある復興等々、今に至るまでの並々ならぬ道のり、人口減は避けられなかったという。現代風のお洒落な家が数軒、続いて目に入る。全壊したのだろうか。村の景色もこうして変わっていく。
 中山隊道は人の手のみで掘られた日本一の隊道だそうだ。きれいなカーブを描いている。緻密で丁寧な仕事人達がトンネルの入り口の上に登って写真に納まっていた。武骨な風貌だった。新中山トンネルが完成するまで隣村まで結んでいた。
 アルパカ牧場ではペルーのマチュピュチュを思い出した。アルパカも日本の暑さは堪えているだろうと少々心配になった。目がなんとも愛らしい。もともと穏やかな動物なので人なつっこい。プードルみたいに毛刈りされているアルパカもいた。3頭プレゼントされ、今では50頭以上に増えたという。繁殖力の高さもさることながら、育成に携わった方々のご苦労を思い感動した。山古志っ子のアルパカさんが愛嬌を振りまいていた。
 昼食は山古志のおばちゃんたちが地元でとれた野菜をたっぷり使って愛情込めて作って下さった山古志弁当をいただいた。山古志米のねばり、一粒残さずお腹に納めた。伝統野菜の神楽南蛮のてんぷらはピリッとして癖になりそうな美味しさだった。
“おらたる”の前でばあちゃんと孫が売っていた地元の新鮮なトマト・神楽南蛮・十全なすを買い込んだ。旅行中なのにどこで食べるのだろうか・・・。

 今回、中心となって企画運営して下さった渡邊豊理事・稲田泰紀理事、そして実行委員の皆さま方
本当にありがとうございました。深い学びを得、壮大な山古志村の自然を体感できたこと、そして何より日本地域福祉学会の方々と交流をもてたことを喜んでおります。この経験を地域にフィードバックし、今後の活動に活かしたいと思います。 

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常磐大学  西田 恵子さん

一日目、二日目ともに素敵なプログラムをありがとうございました。
配布された資料は、深い意味を持つものでした。新潟で丁寧に進めておられる地域福祉のすごさをあらためて知ることができました。
無くさないようにファイリングしておきます。

(一日目)
大島先生の基調講演は、地域に丁寧に足を運ばれた研究者のお話として重みのあるものでした。
リレートークのお三方もそれぞれに熱い信念をもって日頃、実践に臨んでおられ、そのことが災害時にも生きるのだということがよくわかるお話でした。
特に佐藤義尚さんのお話は国を越えて社会福祉に臨んでこられたお話でとても感銘を受けました。
本間さんがご病気でいらっしゃらなかったのが残念かつさびしく思いましたが、しっかり療養して復帰していただき、またお話をうかがうこのような機会をいただければと思います。

(二日目)
山古志には乗用車に分乗して行くというのがよかったです(バスでみんなで行くのもそれはそれで意味があると思いますが)。
県外から来た者としては、疑問に思ったことわからないことを地元の方からすぐにやさしい言葉で返していただけるのがありがたかったです。
復興交流館で見た写真や鐘はあの中越大震災がどれだけ激甚であったかということを12年経った今、思い出させてくれました。このような場所は大切だと思いました。
アルバカ牧場が無料だと聞き驚きましたが、重ねてその意味を聞いて、これからも皆が集うアルパカ牧場でありますようにと思いました。

実は昨夜、復興交流館で買ったDVD『1000年の山古志』を見ました。
見ながら、今回、山古志を周る前に見ておきたかったと思いました。
震災後、四方が崩落した景色であったのが、今回、十年ぶりくらいにお邪魔して、きれいに整備された道路などなどでうまく頭の中でつながっていなかったのです。
DVDで、仮設住宅で過ごしていた村の方々の負担と思いにあらためて接して、事前学習はその都度大切だと反省しました。
 

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目白大学 福島 忍さん

 この度、学会の機会をいただいて初めて長岡に足を運ばせていただきました。
 研修センターにおけるセミナーにおいては、これまで災害と地域福祉に関する研究を積み重ねてこられた大島先生からの心に響くお話、
 中越地震に関して実際に実践されている方々の様々な工夫点やご苦労されたことが伝わってきたご報告、そして復興交流館での見学やお話を通して、中越地震および中越沖地震において住民の方々が受けた被害状況やその後の生活の現状、福祉を通して人々を支えていくことの重要性を改めて学ばせていただきました。

 また山古志弁当をいただけたことや、外は日本一暑かったのにびっくりするほど涼しかった中山隧道、参加者の方との交流が深まった心温まる懇親会など、様々な企画を用意していただき、とても充実した時間を過ごさせていただきました。感謝しております。
 どうもありがとうございました。

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 9月4日(日)、たしか、日本で一番暑い新潟。熱い熱い思いの詰まった現場セミナーに参加でき、とてもよかったです。新潟のみなさま、本当にありがとうございました。
 復興交流館での新潟中越地震での被災体験のお話、展示は、とても心 を打たれました。
生活のための道として使われていた手掘りの中山隧道。どんな思いで掘ったのかなと想像しながら、涼しい涼しい隧道で一時暑さを忘れることができました。
 アルパカ牧場へは、駐車場から少し離れていたこともあり、参加者の方々と共に歩いて向かいました。
 道中では豊かな自然を感じながら、自然とお話をすることができました。
 アルパカもとても癒されましたが、こうした環境で参加者同士が自然とふれあえるのがとてもよかったです。
 そして締めは、お昼の手作り山古志弁当。とてもおいしくいただくことができました。
 時間を気にせず、ゆっくりとそ の土地の人、動物そして自然とのふれあうことで、そこで暮らす
 人々の生活を少しですが感じることができました。楽しいなかにも、学びの多い現場セミナーでした。
(日本福祉文化学会 事務局 前嶋元)






 
  日本地域福祉学会 関東甲信越静ブロック新潟大会
日本福祉文化学会 福祉文化現場セミナーin越後
   「これからの地域福祉文化を語り合う集い」開催


1 趣旨
  日本地域福祉学会は、2015年に設立30周年を記念して『東日本大震災と地域福祉』を出版した。また、日本福祉文化学会は、東日本大震災前年の2010年に『災害と福祉文化』を出版した。両学会とも震災を契機に研究・実践活動を積極的に展開している。
  このたびの「集い」は、2004年に新潟豪雨と中越地震、2007年に中越沖地震を経験した新潟県を会場とし、被災者支援に尽力された社会福祉法人から当時の対応、そして現在の活動について学び、今後の活動について社会福祉法人の地域貢献の観点から考える。さらに、中越地震の際、全村避難となった山古志村(現在の長岡市山古志地区)を訪ね、復興の状況について視察を行う。
  日本地域福祉学会と日本福祉文化学会とが「集い」を共催することで、福祉関係学会の連携・協働の促進を図る。

2 主 催
日本地域福祉学会  日本福祉文化学会

3 期 日
平成28年9月3日(土)~4日(日)


4 場 所
【第1日目】「研究・研修センター長岡」
住所:新潟県長岡市福住1-7-21 電話:0258-31-2611
【第2日目】「長岡市山古志支所やまこし復興交流館おらたる」他
住所:新潟県長岡市山古志竹沢甲2385

5 参加対象者
 主催・後援団体の会員・職員、福祉関係者、学生、一般

6 参加費  当日、会場受付で徴収します。
(1)1日目参加 1,000円(主催学会員は無料)
(2)2日目参加 1,000円(主催学会員は500円)
(3)2日間参加 1,500円(主催学会員は500円)
(4)懇親会   5,000円

詳細・内容(PDFファイルが開きます。)


 
     
  日本福祉文化学会北陸ブロック 2015年度事業報告書
2015年12月17日
石井バークマン麻子

1.現場セミナー実施報告
(1)概要
 北陸ブロックは、11月21日(土)夕方から22日(日)午前の日程で、福井県鯖江市で現場セミナーを開催した。開催にあたっては鯖江市の後援も得た。「障がいのある人が生き生きと働く職場とは -チャレンジトの経験から考える-」をテーマに、昨年12月にオープンしたJR鯖江駅舎2階の“えきライブラリー”内“cafe&sweetsここる”を会場とし、当日の参加者数は74名(申込者数は63名)であった。シンポジウムでは、“NPO法人小さな種・ここる“で働くチャレンジト(発達障害や知的障害、精神障害等のある当事者たち)4人の方に経験や意見をお話しいただき、会場と一緒にこのテーマについて考え合うことを目的とした。パネリストたち各々の過去と現在の経験が率直に語られると、会場には静かな共感と話に聴き入る心の動きが伝わるような空気が広がり、真剣且つユーモアのある温かな雰囲気に包まれた(詳しくは、P3からの岡本ヒロ子さんの感想を参照いただきたい)。シンポジウムの後に設定した情報交換・懇親会では、ここる特製の手打ちそばやシフォンケーキ等を堪能しながら、ざっくばらんな話し合いを行い、1時間半ほどで閉会した。
 2日目には“cafe&sweetsここる”での朝食から始まり、法人理事長の清水孝次さんによるミニ・グリーンツーリズム(原木しいたけぼだ場とここるファーム見学)と鯖江のメガネ会館見学を行った。
(2)  シンポジウムの構成 
 11月21日(土) の18時30分から20時45分をシンポジウムの時間として設定した。小さな種・ここるで働く小林さん(こころファーム勤務)、松田さん(そば指導職員)、奥野さん(そば職人)、畠中さん(ご家族)の4人がシンポジストとして参加してくださった。コーディネーターは宮川深雪さん(NPO法人小さな種・ここる所長、学会員)にお願いし、コメンテーターは清水孝次さん(NPO法人小さな種・ここる理事長)と石井バークマン麻子(福井大学)が務めた。
(3)参加者
 シンポジウムの参加者数は74名であり、その中学会員7名(北陸ブロック3名、北海道1名、東京都2名、大阪府1名)、非学会員は67名であり地元福井県からの参加であった。
 今回のチラシはカラーで500部用意し、地元鯖江市の市民や福祉関係機関、関連団体はもとより、鯖江市とその近隣の市町ならびに福井市の特別支援学校PTA等を通じて保護者と教員に配布した。当日は障がいのある子どもとその家族が3組、きょうだいも含めて家族ぐるみで参加した。また特別支援学校や高等学校の教員、障がいのある人が地域で生きるためのサポートセンターの当事者でもある職員、大学生らも参加した。なお後援いただいた鯖江市からは、鯖江市長はじめ3名の参加があった。なお、2日目の参加者は県外からの参加者を中心に7名が参加した。
       パネリスト                               コメンテーター
  

  
                                          総合司会の宮川さんと参加者


(4)実施体制
 北陸ブロックでは、今回現場セミナー実施委員会を次のように組織した。
実行委員長:清水孝次(NPO法人小さな種・ここる) 
実行副委員長:宮川深雪(NPO法人小さな種・ここる所長)
事務局:石井バークマン麻子(福井大学)  ボランティア:福井大学生5名

2.広報資料          デザイン:島田涼祐さん

日刊県民福井2015年11月23日



3.参加者からのご意見
感想を寄せてくださった方々が複数いらっしゃいましたが、紙面の関係上、岡本ヒロ子さんから寄せられた感想を、ご本人の了解を得た上で以下に掲載します。

2015年度日本福祉文化学会北陸ブロック主催 現場セミナー
「響き合う会場の熱気 ~皆が創り上げた現場セミナー~」
日本福祉文化学会関西ブロック 岡村 ヒロ子

 二年前、「障がいのある人の生きがいを支えるコミュニティー ~地産地消の食事作りの実践から~」というテーマで開催された北陸ブロック主催の現場セミナーに参加した。障がいのある人たちが、生きがいを感じながら生き生きと働ける場、NPO法人“小さな種・ここる”の活動に心打たれた。働いている皆さんの笑顔と、なにより皆さんが丹精込めて育てた無農薬の野菜がなんとも優しく、美味しかった。野菜が「食べて、食べて」と語りかけているように思えた。人は、美味しいものをいただくと自然に顔がほころび、こころが優しくなる。そして、思いやりは数倍ふくらむ。
 その後、“小さな種・ここる”の活動がどう展開され、発展していったのかが、たいへん気になっていた。今回の現場セミナーは、やはり、期待通り、いやそれ以上のものだった。まず、会場に入って驚いた。23年間、眠っていた駅公舎とは思えない素敵で知的な「駅ライブラリーtetote」、「手作り感」があふれている。会場は、“ここる”で働く人々、こころを病むご本人とそのご家族、特別支援学校の児童とそのご家族、高校の先生、一般市民、大学生、学会員、そして鯖江市長と行政関係者74名で埋め尽くされた。始まる前からその熱気に圧倒されたのはいうまでもない。セミナーを創り上げた主催者の方々の企画力・実践力、人間的魅力に頭が下がった。
 石井バーグマン麻子理事は冒頭の挨拶の折、現場セミナーの主旨説明で二つのキーワード「多様性とチャレンジド」についてふれた。「人は誰しもが課題を抱えながら生きている(チャレンジド)、そしてそれは一人ひとり異なる(多様性)、それをお互い認め合いながら生きていくことが、今こそ求められている」という意味の話しが、すとんと落ちた。生きにくい社会にしているのは、当の私たち本人だと気付かされた。誰にだって、居場所はある、活かされる場があるはずだ。そこを見つけること、出会うことが難しいのであれば、少しだけサポートし合えば、“小さな種・ここる”のようなあたたかで、ゆるい場が生まれる。“小さな種・ここる”が、鯖江市が呼びかけた「協働パイロット事業」の一環として2005年に誕生して10年。その10年の歩みは、そんなに簡単なものではなかったことは容易に想像できる。7年を経た2012年に、“小さな種・ここる”は独立してNPO法人に移行し、今に至った。この経緯からも、皆が「求めていた場」が「求められる場」として“小さな種・ここる”を誕生させたように思う。公としての行政、民としてのNPO法人、障がいをもつご本人たち、そして市民、その四者の絡みがあってこそ、その土地に合ったものが生まれ、皆がそれを育てていく。まさに福祉文化の根づきではないだろうか。
 シンポジストとして、勇気を出してご自分の心の病を丁寧な言葉で伝えて下さった小林さん・松田さん・奥野さん、自閉症の娘さんの将来を憂う畠中さんの一言一言が重く心に響いた。「10年間も起きることができない」「優しい職場なのに恐怖で会社に行くイメージがつかない」「起きたら、絶望感に襲われる」・・・目の前の一見、なんともないような方々が放つ壮絶な言葉。うつ病、統合失調症、自閉症等々、心の病をもった方々の心の動きは、私たちには到底わからない。想像はできるし、分かろうとすることもできるが、正直、限界がある。どうしても行き詰ってしまう。私にはユーモアに聞こえた小林さんの「今日、行けば、明日は休める」、松田さんの「自分の病気は日替わり定食」という言葉に、なんともほのぼのとした気持ちになり救われた。私も「今日は行きたくないなあ~」と思うことがある。そんな時は「小林流」でいく。心がもやもやとしてどうしようもない時は、今日の「日替わり定食」で片付けてしまおう。お二人の言葉、いただきである、とても気持ちが楽になった。自分の言葉で心の内を話せるということは “ここる”に、受け入れられている安心感と、なんともいえないゆるさがあるからだろう。そんな皆さんの心の内を配慮ある言葉と優しい表情で引き出された宮川さんも絶妙だった。畠中さんから「障がいをもつ娘を30歳までに親元から離すのがいいのか悩んでいる。自立生活を送れるグループホームが鯖江にはない。“ここる”さんで作って欲しい」という切願に、笑みを絶やさない清水さんには、次なる夢が描かれているのではないかと思ったのは私だけではないはずだ。さらなるNPO法人“小さな種・ここる”の発展に期待してしまう。石井さんは、研究者からの発言を極力控え、時間の限り、会場の参加者から多くの意見を引き出された。当事者の方が主役の場にいることを、あの熱気の中から十分に感じ取ることができた。鯖江には、我が問題として捉え、しっかり発言するという土壌が育っているとひしと感じた。こういう生の声が市民を、地域を、社会を変えていく。肢体不自由をもつご本人からの「保護者の目の届くところだけで生活するのはおかしい」という発言が、心に残った。では、どこで生活するのか、いわずもがな「地域」である。障がいをもつ本人が「地域」に出る勇気をもち、それを受け入れる「地域」が育たなければ、実現しない。今、国は「地域包括ケア」を声高に叫んでいる。「地域が育たない」という声を聞くが、そうではなく、育てようとしないだけではないかと思う。鯖江のNPO法人“小さな種・ここる”の実践をモデルに「地域づくり」に取り組めば社会は確実に変わっていく。
 今回の現場セミナーは、NPO法人“小さな種・ここる”の実績と、石井さんの研究者としての裏付けで、日本福祉文化学会の目指す、まさに「研究と実践」が融合した素晴らしい内容となった。
 プレッシャーをかけてはいけないが、数年後、さらに発展したNPO法人“小さな種・ここる”の姿をみたいというのが正直な思いである。ブランドとしてデビューする「越のてまり」や数々の生産物への応援、取り組みの紹介等々への協力は惜しまない。     以上


 
   「阿賀に生きる・阿賀の暮らし」交流セミナー報告
   

映画「阿賀に生きる」上映会       理事  渡邊 豊
 
 映画の感想についてはあえて書きません。DVDが出ていますので、ぜひご覧ください。
 今回の企画は、昨年度の東京大会に続くものです。シンポジストの旗野秀人氏は新潟県人であり、新潟水俣病や地域の文化活動に関して地元紙新潟日報等マスコミで紹介されることが多くあります。その方のお話しを新潟ではなく立教大学で初めて伺ったとは、同県人としてたいへん恥ずかしい思いです。
 島田治子副会長のご尽力で、旗野氏をメーンゲストとしたセミナーが実現しました。そう考えると、映画は旗野氏のお話しとセットでないと観る意義は弱くなります。毎年5月4日、新潟県阿賀野市で追悼集会が行われ、映画「阿賀に生きる」が上映されます。来年は23周年を迎えます。私はこれから毎年参加しようと思っていますので、あなたもぜひ映画を一緒に観ましょう。旗野氏や患者さんのお話しを伺いましょう。「“ミニ”福祉文化現場セミナー」として気軽に毎年開催していければよいと思っています。  
 映画は、写真のとおり、旅館の長細い部屋で壁に模造紙を貼りスクリーンとし観ました。1992年製作ですが古さを感じさせません。阿賀野川流域で生活する・・・・・・やっぱり実際に観てください。
 なお、製作当時、私は資金集めのために柳沢寿夫監督のドキュメンタリー映画「風とゆききし」などの上映会のお手伝いをしていました。映画を観ながら20代の自分を思い出したりして有意義なひとときでした。

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旗野さん講演会               北陸ブロック 五十嵐 勝

 講演会は旗野さんの生い立ちから始まって、映画製作に関わるきっかけや被害者の支援活動を通して、
昭和電工や国・県の対応の悪さから、 訴訟せざるを得なかった当時の状況を解りやすく、説明して頂きました。
映画にも登場された旗野さんは当時21歳の凛々しい好青年で現在に至るまで、40年以上継続して被害者に
寄り沿って、支援活動を続けてこられたその生き方には、心から敬服致しました。
 「阿賀に生きる」は、旗野さんが居られなかったら全く違ったドキュメンタリー映画になっていたものと思います。
講演中、時々冗談を交えて自身の弱さを話され、少しも飾らず謙虚に話されている姿を見させて頂いて、すっかり
旗野さんの大ファンになってしまいました。そんな旗野さんの人柄に映画に出演された皆さんは、旗野のさん
から出演を頼まれたら断ることは出来なかったものと思います。
 水俣病に苦しむ被害者の切なさを敢て描かずに、阿賀野川の自然の恵みと共存し、心豊かに生活を営んできた
姿を表現したかったという思いを語られた時に、この映画は旗野さんが居られなかったら全く違う映画になっていた
ものと確信しました。講演の最後に話された、冥土連のお話しにはさらに、心打たれました。旗野さんがこれまで、
被害者のためと思って支援してきたことが、実は自分の一人よがりで逆に皆さんを苦しませてきたのではないか
と反省し、高齢になられた患者会の皆さんに生きていて良かったと思って頂ける活動は何かと思い立ち上げた会
が冥土連です。 高齢で残された僅かな時間をとにかく楽しんで貰える模様しもの企画し、皆さんから冥土のみやげ
ができたと喜んで貰える活動を展開されておらます。その会には、いろんな職種の若者が集まって会を盛り上げて
くれると言うことを聞いて驚いてしまいました。 昨今、様々な会やサークルで若者の参加が減少し、会の存続が危
ぶまれている時代に、何が若者の達に共感を得て集まってくるのか、そのヒントを頂いた気がしました。
 若者を虜にする魅力の一つには、旗野さんの人柄にあると思いました。どんなに崇高な理念や会則があっても、
そこに暖かな人間味溢れる人がいなければ、いつかその会は消滅して行くのではないかと思ったしだいです。
 今回の現場セミナーを通して、いまだ掴みきれていない福祉文化とは何かと言う命題に対する答えの一つが見えてきたように思ったしだいです。

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 2日目「環境と人間のふれあい館」「千唐仁集落」   会 員 遠藤 和哉 

 2日目の「環境と人間のふれあい館」では、「新潟水俣病」を解説した映像を見てから、新潟水俣病の被害者の「語り部」の方から直接お話しをお聞きしました。さらに、館長の塚田様から新潟水俣病の歴史や水俣病訴訟の概要、生活や環境について説明していただきました。
「新潟水俣病」のDVDでは、取材・報道のあり方が差別・偏見を生み、増幅させてしまうことがあることを知りました。
 「語り部」の方からは、症状が現れてから今までの経緯や家族への想い、誤解や偏見についての話がありました。特に、偏見や差別は、家族にも言えない深く辛いものであることを再認識しました。
 館長の塚田様からは、阿賀野側流域の地形の模型を見ながら、人々のくらしと水環境との関係や、新潟水俣病訴訟について、被告の昭和電工側の反論根拠も合わせて説明していただきました。
 新潟水俣病の被害は、人々の無知に取材・報道のあり方、行政や医療の問題等により増幅され、さらに社会的被害となって広がり、地域の絆をも破壊して、埋めがたい深い溝を生み出しました。
 私たちは、このことを教訓として、人間の生活と環境との関係ついてさらに深く学び、行動していかなければならないと思いました。

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【千唐仁集落での交流会について】  北陸ブロック 五十嵐 真一

○はじめに
 千唐仁(せんとうじ)は、阿賀野市(旧北蒲原郡安田町)を流れる阿賀野川の畔にあり、かつての患者運動の拠点となった集落です。ここに住む人々は、阿賀野川から様々な恵みを受けて暮らしてきたといいます。また映画「阿賀に生きる」でも描かれていたように幡野さんには、この集落の船頭さんと村ぐるみの潜在患者発掘運動(地元で集団検診を実現させる会)を起こし、認定申請を行うが全員棄却となった歴史があります。
○交流会(於千唐仁多目的集会所)
 当初の予定より約1時間遅れで開会した交流会でしたが、80~90歳台となった4人の女性(水俣病未認定患者さん)がいつも自動車で送迎ボランティアをされているという旗野さんのお姉さんと一緒に参加してくださりました。参加者と共に松茸弁当やお手製の漬物等を食べた後、旗野さんの仕切りで当時のお話や現在考えている事等をいきいきとした表情でお話しいただき、質問の時間も取っていただきました。途中、関東ブロックから参加した梅津さんの新潟で就職した教え子も顔を出すサプライズもあり、楽しく交流することができました。
 旗野さんの説明の中で、故人も含め多くの未認定の人々について水俣病は、しびれ等の症状で決められるのではなく、その人達が発症までどの様な暮らしをしてきたか、水俣病の原因に対してどのような地域(文化の中)で生活していたかで判断されなければならないというお話が心に深く残りました。

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「阿賀に生きる」現場セミナーに参加して      関東ブロック長  梅津迪子

 抜けるような青い空、木々に吹きわたる風が何とも心地よい阿賀の現場セミナーの2日間であった。豊かな水の恩恵と果樹の緑、麦穂の大地が続くこの風景は、川への水銀垂れ流し問題(昭和電工)を除けば、大地の恵みを享受しながら「人が暮らす」「幸せとは何か」が永遠に続いていたことを確信するものであった。1日目は映画上映後、旗野さんの水俣病への心情や村人との係わり方や経緯を伺う。40数年の歳月を振り返りながら「患者のじっちゃん(映画の主人公夫婦)に人間らしい生き方を教えてもらった」と何度も呟いていたのが印象的であった。翌2日目は場所を移動、新潟県立「環境と人間のふれあい館(新潟水俣病資料館)」で語り部の山田サチ子さん(75歳)から生々しい体験談を伺う。
 彼女は阿賀野市で出生、22・3歳頃(1985年)から「めまい」「手のしびれ」「足の指先も痛くなる」症状はあったが特別気にもせず26歳で結婚、他市に転居する。2007年に水俣病の報道を見て初めて「受診」を試みるが、医者の診断は「慢性多発性リウマチ」でコーチゾンの服用を指示される。反対に大きく深い口内炎を発する。一向に改善しない症状に各医院で受診するも「自律神経症」や「更年期等」と診断される。時を同じくして、H15年に弟が膵臓がんで亡くなった。葬儀ではじめて弟が水俣病被害者手帳を有していたことを知り愕然としたとのこと。そういえば父は胃がん、母は子宮がんで亡くなったが、調べてみると被害者手帳を有していたことが判明。弟が通院していた病院を訪問し、関川医師から両親・弟の症状について聞かされ、ここで初めて自分のルーツに辿り着き「水俣病」と診断されたそうである。(妹二人も同様の経緯)家族の一員でありながら、近年までお互いがその症状や手帳を有していたことが語られることはなかったことに私はショックを受けたのである。
 病気の原因が解明された現在でも、手帳を有している事実が明るみになると「破談」や「離婚」に繋がること、他者の目・評価が変わるのだと笑いながらも事実だと語られたのであった。午後は鳥屋野を経て「千唐仁集会所」で昼食を共にしながら安田患者会の方々と交流をはかる機会を得たが、ここでも水俣病の手帳と補償金を受領している方への偏見と差別が根強いことが語られた。現在も続く身体のしびれや感覚機能の麻痺は他者の目には見えず、わかりづらい。だからこそ苦しい。しかし、平均90歳の方々のなんと笑顔で表情のよいことか。愚痴めいたことを言わず、諸々の人生を達観した者にしか与えられない表情だろう。帰り際「もう、帰るのかえ」とぬくもりのある小さな手で握り締めてくれたばばさま。懐に飛び込んで泣きたくなるような切なさを感じた瞬間でした。
 書物や資料・メディアで知っているつもりの知識も現場に佇み、自分の五感で感じることの大切さを痛感した現場セミナーでした。


 
   日本福祉文化学会 北陸ブロック現場セミナー2014開催要綱
「阿賀に生きる・阿賀の暮らし」交流セミナー

【開催趣旨】
 生活文化という言葉を聞いて思い浮かべるのは、その土地ならではの自然、風土があり、その環境に即した生き方をしている人々の姿ではないでしょうか。
 全国3位の流量を誇る阿賀野川の流域に住む人々も、阿賀野川の水を田畑に引き、川の魚を食べ、水運で物資を流通させることによって暮らしていました。しかし、恵みを与えてくれるものとして川をとらえず、汚れたものを流せる便利なごみ箱としてしか考えない企業によって、阿賀野川は汚染され、新潟水俣病が発生しました。
 このことは私たちに、考えるべき大きな課題を突き付けているのではないでしょうか。自然環境を破壊し、便利さ、経済性だけを追求する考え方の向こうに幸せはあるのかということです。自然に寄り添い、つつましく暮らした人々の姿を肌で感じながら、文化になりうる真の暮らしとはどのようなものなのかを、現場で考えてみませんか。

1.日時 平成26年9月27日(土)13:00開始(開場12:00)
         ~9月28日(日)14:30(予定)

2.会場 1日目:咲花温泉『柳水園』
      2日目:ふれあい館、千唐仁集落

3.対象 学会会員、地域住民及び興味・関心のある方
4.参加費 全コース参加 12,000円(資料代、夕食宿泊代、2日目昼食代)
      初日の上映会・講演会のみ参加 500円(資料代)

 ■セミナー要綱&参加申込書

 
   日本福祉文化学会北陸ブロック 2013年度事業報告書
報告) 石井バークマン麻子
1.実施した事業の概要
(1)テーマおよび開催の目的
 今回の現場セミナーでは「障がいのある人の生きがいを支えるコミュニティ~地産地消の食事づくりの実践から~」をテーマとし、障がいのある人の就労について取り上げた。仕事は、経済的な自立の意味合いだけではなく、地域に根を張り、役割を担いながら生きがいのある暮らしを成立させる重要な要素である。しかしながら長続きする仕事の創出は容易なことではない。
 そこで、障がいのある人たちが、やりがいを感じながら生き生きと働ける場を創出した好事例として、福井県鯖江市のNPO法人・小さな種ここるの「食事づくり」の取り組みを理事長の清水孝次さんにお話しいただき、次に福井大学障害者就労支援室の活動報告を同支援室アドバイザーの伊藤昭彦さんにお願いした。お二人の発表後に石井バークマンから、1980年代のスウェーデンでの「障がい者が地域で生きる」という大きな政策転換の中でスタートした知的障がい者と職員による、おそらくは世界初のレストランの成り立ちと活動の展開を、当時の歴史的な背景を踏まえて報告をした。
 セミナー参加者は66名(申し込み者68名の中2名は欠席)であり、内訳は障がいのある方本人、障がい者就労にかかわる職員、福祉施設職員、特別支援学校教諭、障がいのある子どもの父母、ボランティア活動従事者、市議会議員、一般の方等であった。報告後に会場との活発な意見交換が行われた。配布したアンケートの提出数は30名であり、その内容は別紙にまとめた。なお申込み用紙にメールアドレスまたは住所の記載がある方には全員、アンケートのまとめを送付する予定である。

(2)当日のプログラム
 11月2日(土)
  セミナー13時30分~16時30分
総合司会・開会のことば(杉本)
主催者からの挨拶(石井バークマン)
フルートとピアノによるミニコンサート(政井・竹内)
シンポジウム 司会(宮川) 
       シンポジスト(清水孝次、伊藤昭彦、石井バークマン麻子)
閉会のことば(杉本)
情報交換会 18時~20時30分頃(会場:ここる)
11月3日(日)
  ここるファームの見学・視察 9時~11時頃
  越前漆器の里見学+昼食 11時30分~14時頃

(3)後援団体
 福井県社会福祉協議会、鯖江市社会福祉協議会、福井新聞社.

2. 参加者数とセミナーの情報入手経路
(1)参加者数 
 参加者数は66名。内訳は学会員7名(北陸ブロック3名、その他4名)、非学会員61名。ただし1日目のセミナー参加者は64名、情報交換会・親睦会参加者は24名、2日目のファーム見学参加者は8名であった。

(2)セミナーの情報入手経路
  事前申し込書ならびに事後に提出されたアンケート用紙を参考に、集計した結果は以下のとおりである。
新聞を見て 4名
主催者(学会員)から誘われて 45人 
不明 12人

3. 収支報告
(1)収入
学会からの助成金 50,000円
セミナー参加費  27,000円  500円X54人分
(ボランティア8人、演奏家2名と講師2名は無料)
収入合計 77,000円

(2)支出
会場費  17,200円
機器準備等 5,000円
講師謝金 20,000円 (10,000円x2名分)
講師昼食  1,942円 (840円x2名分、お茶代 131円x2名分)
会場看板代 1,500円
文房具   4,076円
雑費    1,600円
支出合計 51,318円
繰り越し金 25,682円

アンケート集計


 
     
   

2013年度日本福祉文化学会『北陸ブロック』福祉文化現場セミナー

      障がいのある人の生きがいを支えるコミュニティ~地産地消の食事作りの実践から~

開催の目的
 障がいのある人の就労について、考えたいと思います。仕事は、経済的な自立の意味合いだけではなく、地域に根を張り、役割を担いながら生きがいのある暮らしを成立させる重要な要素です。しかしながら長続きする仕事の創出は容易なことではありません。
 
障がいのある人たちが、やりがいを感じながら生き生きと働ける場を創出した好事例として、福井県鯖江市のNPO法人・小さな種ここるの「食事作り」の取り組みを取り上げます。

日時:2013年11月2日(土)13時30分~3日(日)14時

会場:鯖江市 嚮陽会館(さばえし・きょうようかいかん)
916-0027 鯖江市桜町2丁目71号  電話:(077852-5789


詳細は下記開催要項をご覧ください。
開催要項 / チラシ / 参加申込書



 
   2012年度日本福祉文化学会『北陸ブロック』福祉文化現場セミナー
「全ての人が買い物に参加できる地域づくり・文化づくりを考える」に参加して

(関西ブロック 岡村 ヒロ子)

≪北陸ブロックの方々、セミナー参加者の皆様方へ≫
 企画運営なさった北陸ブロックの方々、そして担当理事の石井バークマン麻子先生、たいへんお疲れ様でした。北陸ブロックの方々や地元の方々の優しく、人情味あふれるおもてなしを受け、心底ほっこりしました。現場セミナーの内容の深さ、期待通りの楽しい酒宴、晩秋の里山の景色・・・、どれもが大満足でした。本当にありがとうございました。


【1日目:シンポジウム「誰が担う?買い物弱者支援!」】

・小国地域の現況報告;長岡市社会福祉協議会小国支所長 小林 雅巳氏
 *人口:6104人、高齢化率:38%、一人暮らし世帯:212、高齢者世帯:304、全世帯数: 
2000、公共交通の廃止・減便、小売店の閉店・商店街の衰退、社協の高齢者生活支援サービス:配食サービス・ふれあいいきいきサロン・小地域ネットワーク活動・除雪支援活動・ボランティア銀行、NPO法人MTN(もったいない)サポート=コミュニティバス・乗合タクシー“オーケーバス”運行
・シンポジウム;「誰が担う?買い物弱者支援!」
パネラー:・村山 博幸氏;(株)山の駅もったいない村取締役
・大橋 毅氏;法末地区民生委員  ・佐藤 富夫氏; Aコープ小国店長
・三五 光一氏;刈羽村社会福祉協議会事務局長
  コーディネーター:青木 茂氏;新潟医療福祉大学講師

*山の駅もったいない村の取り組み;(ネットでぜひ検索してみてください)
 御用聞きと見守り(脳梗塞で倒れていた高齢者を救出、一つでも配達)、直売、移動販売
 郷土食提供、農産物の加工販売事業、宅配弁当、葬祭サービス(同敷地内に山の駅もったいない村運営の葬儀場がある。火葬場も隣接。以前は小千谷の葬儀場まで行っていた)

*法末地区民生委員、過疎地に住む住民の立場から;
 法末地区はシンポジウムの会場となった長岡市小国地域総合センターから車で25分
のところにある。高齢化率72%、30~40代ゼロ。集落組織の崩壊・互助精神の欠如が切実な問題となっている。中越地震の時は道路が崩れ孤立。春は田植え、夏は蛍、秋は稲刈り・農作物の収穫、冬は雪かき等々の経験ができる。小国の雪解け水が魚沼のコシヒカリに負けない美味しいお米を作る。自然豊かな里山。買い物弱者老人は買物は物を買うだけでなく“外に出る、コミュニケーションを育む憩いの場”であることを求め、訪問・集落販売所・販売車・店舗までの交通網の確保等々、複合的な手立ての整備を望んでいる。

*Aコープ小国の取り組み;
買い物バス(移動購買車)利用の変遷:運行を開始して30年。運転できる人の増加で現在、限られた固定客にとどまり、新規利用はごく少数となっている。買い物バスを利用できる方はある程度健康でないと利用できないという制限がある。
 買い物お助け隊としての機能:電話で2000円以上注文した方への無料配達(雪の季節
には利用者が増加)、地域密着の店舗として赤字覚悟で運営していく、ネット販売を広める(着実に増加)

*刈羽村社会福祉協議会の取り組み;
 近所や親族が本人の代わりに買い物や同乗して買い物に行く。行政:福祉タクシー利用
料助成、社協:(無償支援)買い物時にバスに同乗して買い物支援。無償だと気兼ねをす
るということで現在、有償で支援する方向で準備中。地域住民間の支えあいの仕組みを作
るため、買い物だけでなくゴミ出し・話し相手等の困りごとにも対応していきたい。


*質問タイム;
長岡市社会福祉協議会に“買い物弱者といわれる人がどのような生活支援を必要としているのか”“本当に必要とする人はどのくらいいるのか”についての実態調査をしているかという質問がありましたが「していない」という回答でした。人材も予算も限りある中で支援をしていくわけです。有効な支援を提供するには実態調査は必須です。
こういった面で、調査・分析の技法をもちえた学会員との連携が期待できるのではと思いました。

*コーディネーター青木 茂氏のまとめ
①地域住民ができること
 ・個別の事情(心身状況・住宅環境・世帯状況等々)に応じて買い物の方法を組み合わせることができる
 ・地域で支えあう:購入方法の効率化(共同購入・とりまとめなど)
 ・移動販売車の駐車への協力:自らの駐車場・庭先の提供
 ・宅配の一部を住民が担当する
②地元の商店・スーパーをつぶさない
 ・多少価格が高くても地元の商店・スーパーを利用することを心がける
 ・高齢者になって買い物が不便になった時、近くにお店がなくて困るのは自分
 ・店をつぶさないための地域の力の結集・多少高くても買い支えることの重要性
 ・商店側もこういった動きに応える姿勢をもつ
③付加価値をつける
  ・「宅配」と「見守り・声かけ」をセットにする
  ・「宅配」で電球・電池交換などのちょこっとした生活支援をする
  ・スーパーの送迎バスを病院・役所まで延長し「コミュニティバス」にする
  ・移動販売は「食品・日用品」以外にも「衣料・雑貨」などのご用聞きもする。

【所感】                   
 小林さん(長岡市社会福祉協議会小国支所長)がシンポジウムの冒頭に、「買い物弱者支援のテーマがなんで小国なのか?」とおっしゃっていたことが記憶に残っています。買い物弱者支援で頭を悩ませているのは小国に限ったことではありません。今、同じ問題を抱える地域がどれほど多いでしょうか・・・。関西ブロックが取り組んでいるテーマ「限界集落」と深く関係します。
 伺った法末地区(懇親会情報交換会の会場;法末自然の家「やまびこ」)は民家も点在、お店は見当たりませんでした。高齢者になったら余程、足腰が強く、移動手段を確保できなければ到底、外出できそうにない・・・、そう感じました。
 人間は心身機能が低下すると外との接点から喪失します。外出・買物・交流・仕事・・・それらに共通することは「移動の喪失」です。そのような喪失状態で「生活の質向上」「自分らしく生きる」という言葉はあまりに現実味がありません。そのような状況下にその方々が継ぐんできた文化はあるのでしょうか?石井先生がおっしゃる通り、私も過疎地への生活支援は“公”の役割と考えています。一人では生活を立て直すことができないとしたら、最低限度の生活が保障されているとはいえません。民間事業のサービスはやはり採算が優先されます。介護保険で生活支援すべてをまかなえるとはとても思えません。そこを公的機関がしっかりと生活保障するくらいの気概性をもって欲しいものです。格差はこうした勘違いから生まれるのでしょう。もっと大切なことといえば、高齢者は生活支援サービスを上手に、そしてお金を有効にふんだんに使うことでしょうか。かなりの意識改革が必要だと思います。自分らしい生活を継続するか、不自由な生活に甘んじるか・・・、個々人の価値観が暮らし向きにも大きく影響することを改めて考えさせられました。
【二日目:フィールドワーク1:餅つき・法末地区視察、
フィールドワーク2:(株)山の駅もったいない村・葬儀場視察】


【所感】
 (株)もったいない村の厳しい運営状況に対し「もったいない村に賛助会員制度を作っ
てはどうでしょう」という石井先生のアイデアは、ぜひとも実現したいです。村山社長の頭の中にはすでに構想が練られているかもしれません。お互いにできることを少しずつ紡んでいく・・・、必ず大きな力になります。行動に移すことは現地に足を運んだものの務めでしょう。もったいない村のブログは多くの方に読んでいただくようにアピールしましょう。ネットで販売もしているそうです。「小国の米は美味いです、食べてください」と社長も勧めていました。

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 全国的に厳しい冷え込みになっています。小国はきっと雪景色になっていることでしょう。11月24日は例年雪が降る確率が高いとのことで楽しみにしていたのですが、今年は少し遅かったようです。毎年4~6mは積もるとか・・・、中越地方は長く、厳しい冬に入りました。

 
   

 
   『北陸ブロック』福祉文化現場セミナー
~全ての人が買い物に参加できる地域づくり・文化づくりを考える~

日時 2012年11月23日(祝日・金)13:30~24日(土)12:00
会場 長岡市小国地域総合センター(愛称:だんだん)
     新潟県長岡市小国町新町304番地1
     電話:0258-95-3575
内容・詳細 添付の要綱をご確認ください。

 要綱&申込書←クリックすると要綱が開きます☆  
 
     
     
 

 
   H22年度燕市児童研修館子どもの森における福祉文化セミナーのまとめと感想

(報告者:H23.2.28北陸ブロック理事 五十嵐 真一)



【はじめに】
新潟福祉文化を考える会では、現場セミナーをできるだけ毎年開催するように心がけて活動しています。それは、この現場セミナーが学会の中心的な活動の一つに位置付けられているものであるからです。その現場セミナーを昨年度に引き続き、今年度も燕市において多くの皆様のご協力を賜りまして、この「燕市児童研修館子どもの森」で開催できました事は私達会員にとって大変嬉しく、有り難いことです。ご協力くださいました関係各位には本当に感謝申し上げます。

【今年度の現場セミナー】
今年度のセミナーでは、特に「おもちゃ」や「子育て支援」をテーマに地域での福祉文化について学ぶことができたと思います。
前半のおもちゃ福祉文化講演会は、学会創設時の初代事務局長として一番ケ瀬前会長の片腕を務められた現芸術教育研究所所長の多田千尋先生と多田初代事務局長の後を引き継ぎ、第2代事務局長として学会を拡大・発展させる役割を担われた、現日本グッド・トイ委員会事務局長の馬場清先生のお二人から「おもちゃ」・「子育て」などをキーワードとして日頃の実践や取り組み、そして福祉文化の世界への誘いなどについてご講演していただきました。多田先生からは、「自動ドア」や「オセロゲーム」等の具体例も交えてお話しいただきましたが、それは「福祉の文化化」や「文化の福祉化」についてわかりやすくご説明いただいたものであったと思います。
また、馬場先生からは現在のおもちゃ美術館が以前、小学校の校舎だった建物を改築して新たに生まれた経緯を地域や地域住民とのかかわり合いの重要さと関係付けてお話しいただきました。更に現在、取り組んでいる木育(もくいく)についてもご説明いただきましたが、それらは地域の中で福祉文化を開花させていったお話でもあったと思います。そしてこれらの取り組みは、福祉の質を高めることにもつながっていくものであると感じました。
後半は、燕市内で子育て支援の活動をされているNPOなど3団体から3人の方が日々の実践活動や活動する上で困っていることなどについてご報告いただきました。
色々な問題を抱えながらも支援を必要とする人々と支援する人々が、様々な環境などが十分ではない中で少しでも良い方向を探して活動している姿が目に浮かぶような報告会でした。

2日目の午前中は、おもちゃドクターの皆さんがおもちゃ病院を開院する中、地域の子供たちが家族とグッド・トイで遊ぶ場に参加して一緒に楽しい時間を過ごさせていただきました。
 
     
     
  平成22年度
福祉文化セミナーin燕三条 開催!
-☆ おもちゃ福祉文化講演会&グッド・トイで遊ぼう ☆-

【おもちゃ福祉文化講演会】 (1日目)
平成23年2月19日(土)午後1時30分~午後4時30分

会場:燕市児童研修館こどもの森燕市大曲3355 TEL0256-61-1551

●「木育おもちゃで安心子育て」
      講師:多田 千尋 氏(東京おもちゃ美術館館長)

●「木育ミュージアムとしての東京おもちゃ美術館」
      講師:馬場 清 氏(認定NPO法人日本グッド・トイ委員会事務局長)

●「地域で支える子育て&活動団体紹介」
   発表者:関﨑 智弥 氏(燕市児童研修館こどもの森館長)
        深海 寛子 氏(はっぴーザウルス代表)
        中務 均  氏(燕三条おもちゃ病院長)

参加費: 1名:100円(資料代として)
*保育ルームはありませんが、小さいお子様も同スペース
おいてあるグッド・トイで遊んでもらうことは可能です。

【グッド・トイで遊ぼう&出張おもちゃ病院】 (2日目)
平成23年2月20日(日)午前10時00分~正午
会場:燕市児童研修館こどもの森燕市大曲3355 TEL0256-61-1551

●グッド・トイであそぼう☆
 日本グッド・トイ委員会推薦のおもちゃを使ってみんなで遊びましょう♪

●出張『おもちゃ病院』開院

【お問い合わせ・申し込み】
 *お申し込みの際は氏名・住所・電話、情報交換会の参加の可否をFAXにて回報または、メールにてお申し込みください
日本福祉文化学会 北陸ブロック理事 五十嵐真一
   住所:〒945-8511 新潟県柏崎市中央町5-17
電話&FAX:0257-23-9862 (電話は留守電対応可能です。)
Eメ-ル:shinichi.igarashi@nifty.com

【情報交流会】 2月19日(土)午後6時00分~ 「講師を囲んでの懇親会」
      会場:『雷神』(燕市井土巻3-92-99 TEL:0256-66-1811 )
      会費:4,000円(税込み)
【宿泊】宿泊は各自ホテルの予約をお願いします。 下記のホテル、すべて会場まで車10分
①コンフォートホテル燕三条 TEL:0256-36-5311
②アクアホテル燕三条     TEL:0256-36-7701
③アパヴィラホテル燕三条  TEL : 0256-61-3111

 
     
     
    平成21年度
  福祉文化セミナーin燕三条~地域における福祉実践を考える~ 《報告》

(報告者)北陸ブロック理事:五十嵐真一

  

1.開催日 平成22年2月6日(土)
2.会 場 県央メッセピア4階大会議室
3.参加者 115人
4.内 容 
 ○基調講演 「社会福祉施設における高齢者虐待についての一考察
         ―職員配置基準に焦点を当てつつ―」
    講師:李 相済氏(聖トマス大学准教授)
 ○パタカラ体操(主に高齢者の嚥下障害を予防するための体操)の実演
    指導:松原 徹氏(NPO法人音楽の砦主宰)
 ○パネルディスカッション「多様な人々を地域で支えるために」
   パネラー:佐々木 勝則氏(特別養護老人ホーム桜井の里理事長)
        :渡邊 豊  氏(日本福祉文化学会事務局長)
        :鈴木 守幸 氏(NPO法人宮城福祉オンブズネット「エール」)
  コーディネーター:高橋 是司 氏(社会福祉法人つばめ福祉会専務理事)

5 会場の様子や雰囲気・反応等
 当日はあいにくの大雪で県内は、JRやバスが全て運休し、高速道路が通行止めという最悪の天候に見舞われましたが会場は、100人を超す参加者が熱心に基調講演やシンポジウムを聴講し、ノートを取るなどしていました。また、パタカラ体操も全員が楽しく体験しているように感じました。
 当日のアンケートを見ても回答した全員が本研修についての総合評価を「大変良い」か「良い」と評価し、自由記載欄にも、「李先生の話も他のパネラーの方の話も大変勉強になった」(50代女性)や「李先生の話がわかりやすかった」(20代女性)、「李先生の話が面白かった」(30代女性)、「人が人を支援することの難しさを痛感した」、「これから更に勉強しないといけないと思った」、「とても参考になった。パネラーが色々な視点で発表してくれ、業務でも実践できると思う」(40代女性)、「笑顔を大切に人と接していきたい」
(30代女性)、「パタカラ体操も珍しく楽しかった」(40代男性)、等の好意的な意見の記載が多くありました。

 一方で「次回は開催時期を雪の無い時期にしてほしい。(40代男性)、「1~2月の開催はしない方が良い」(40代女性)の意見がありました。また、今後受講したい研修として「介護施設におけるターミナルケアについての講演を是非聞いてみたい」(20代女性)との意見もありました。
 
     
     
   福祉文化セミナーin燕三条
~地域における福祉文化実践を考える~

1 日 時   平成22年2月6日(土)~7日(日)
2 会 場   県央メッセピア4階大会議室(定員 150 人)
3 主 催    日本福祉文化学会(新潟福祉文化を考える会)
4 プログラム                                                            
【第一日目:2月6日(土)】
基調講演
「社会福祉施設における高齢者虐待についての一考察」
―職員配置基準に焦点をあてつつ―
李相済(リサンジェ)氏(聖トマス大学准教授)
パタカラ体操の実演  指導 松原 徹氏(NPO法人音楽の砦主宰)
※パタカラ体操・・・主に高齢者の嚥下障害の予防するための体操。
パネルディスカッション
テーマ「多様な人々を地域でささえるために」
パネラー     :佐々木 勝則氏(特別養護老人ホーム桜井の里 施設長)
         :渡邊 豊  氏(日本福祉文化学会事務局長)
         :鈴木 守幸 氏(NPO法人宮城福祉オンブズネット「エール」)
コーディネーター :高橋 是司 氏(社会福祉法人つばめ福祉会 専務理事)

福祉文化大交流会(会場:レストランメッセピア)

【第二日目:2月7日(日)】
福祉文化探求ミステリー・ツアー(希望者のみ)

               詳細・申し込み(Word)
 



★「越後地域福祉文化塾・安塚の巻」の開催
新潟県上越市安塚区(旧東頸城郡安塚町)において、
8月11日(土)~12日(日)に開催します。
詳しい内容は、改めてお知らせします。

★「地域福祉実践研究セミナー」に参加
山形県鶴岡市を中心に8月30日(木)~9月1日(土)
に開催されるセミナーに参加し、学びます。
6月28日現在、新潟から3名参加予定です。


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