日本福祉文化学会

福祉文化現場セミナーの報告



第32回福祉文化現場セミナー宮城県
    期 日:2007年5月26日(土)
    場 所:川崎ドリームの郷(宮城県柴田郡)
    内 容:小規模多機能型地域ケアホームの見学



第31回福祉文化現場セミナー新潟県
    期 日:2006年9月16日(土)〜17日(日)
    場 所:佐渡市周辺
    テーマ:福祉を支える地域の絆
    内 容:基調講演・映画上映・温泉視察・お寺での法話


第30回福祉文化現場セミナー
   期 日:2005年3月12日(土)〜13日(日)
   場 所:岩船地域広域教育情報センター(新潟県村上市)
   テーマ:地域で暮らす人々を生き生きとさせるものとは
   内 容:町屋のお人形様巡りフィールドワーク
       講演 「町屋のお人形様めぐり」
        山上 あづさ(村上商人会)
       記念講演 「町屋のお人形様めぐりと福祉文化の創造」
        多田 千尋(芸術教育研究所)
       山北町・朝日村フィールドワーク(生業の里コース・玩具館藻塩コース)


第29回福祉文化現場セミナー
入所施設解体と福祉文化:宮城県船形コロニーの解体プロセスから学ぶ
2004年6月26日(土)
場所:仙台メディアテーク
  「入所施設解体と福祉文化:宮城県船形コロニーの解体プロセスから学ぶ」をテーマに150名以上の参加者を得て行われました。
 基調講演には宮城県知事浅野史郎さんをお迎えし、また船形コロニーの解体プロセスだけでなく、国立のぞみの園、雲仙コロニーとの比較も通して、わが国の今後の入所施設解体の可能性を探り、福祉文化に与える影響を考えました。
 さらにセミナー後には東北ブロックの立ち上げと今後の活動についての話し合いも持たれました。 

第28回福祉文化現場セミナー

淡路景観園芸学校と 大阪人権博物館を 巡る旅
2004年2月28日(土)・29日(日)   場所:淡路島、大阪 
報告・小坂享子

 初日は、兵庫県の淡路島にある「兵庫県立淡路景観園芸学校」でのセミナーであった。淡路島といえば、「花と緑の博覧会(淡路花博)」の開催や「花さじき」などで知られるように、花で有名なところである。この学校は、その淡路島にある全国初の園芸療法士養成の課程をもつ専門学校である。全寮制・一年制で、卒業後アメリカの園芸療法士協会の資格が取れるようになっている。  
 まず、最初に、浅野房世教授のお話を聞いた。この学校は計画当初、園芸療法士の養成は予定していなかったのだが、計画中の1995年に阪神・淡路大震災が起こり、絶望の淵に立たされた人々が、「草花を見て癒された」、「種をまき、花を咲かせる過程を通して救われた」、「蝋梅の匂いに気付き、生きていこうと思った」、という話が数多く報告され、人を死から生に導き、心の扉を開ける植物の力を分析し、さらにその力を駆使する実践者や指導者を養成することを目的とした園芸療法士の課程が加えられたということである。この学校がこの淡路島に設置されたという重みを感じた。  
 次に、学生さんたちとともに実習を体験した。実習は「五感で感じる観察」で、アイマスクをして、ゼラニウムやねこやなぎ、水仙という草花の特徴を感じ取りそれを語るというものであった。さらに、やはりアイマスクをして、ラベンダー、ミント、エスコルチアを寄せ植えする実習も行った。この実習を通して、目に見える草花の色や形だけでなく、その手触りや匂い、また土とともにいるという実感などすべてが園芸療法の道具になることを知った。  
 そして、見渡す限り花、草、水、木、花壇、庭、ビニールハウスという広大なキャンパスの見学の後行われた懇親会には、卒業生や在校生も参加してくれた。園芸療法が未だ定着していない日本で、その先駆者として社会に出て行ったあるいは出て行こうとしている彼ら彼女らの話を聞き、園芸療法を積極的に取り入れようとする施設や病院もあるということがわかり、日本でその礎を築くであろう彼ら彼女らが眩しいばかりであった。  
 二日目は、一転して大阪人権博物館でのセミナーであった。学芸員の解説によると、この博物館は、明治時代に被差別部落の人たちが独力で建てたことに由来する小学校が1985年に移転後、その跡地に建てられたもので、博物館に建て替えられてもなお小学校の構えを残しているのだそうだ。「解放は、教育に始まり教育に終わる」という人権問題の理念をまさに象徴するような建物である。展示は、「被差別と身分」、「性と家族」、「民族と列島の南北」、「身体文化と環境」という4つのテーマでなされている、人権に関する総合博物館である。特に、差別のなかで闘い続けた人々の生の証言を聞ける「証言の部屋」は迫力があった。  
 ここでの講演は、講師が性マイノリティであることをカミングアウトし「福祉の世界で性マイノリティを生きる」というものであった。(講師都合によりお名前を伏せさせていただきます。)  
 彼は、現在30代前半であるが、現在までの軌跡を、孤独|仲間|社会|地域という展開で話された。ゲイサークルに入る前の10代の頃を、「自分は存在価値のない人間なんだと思い込んでいた」と振り返られ、初めてサークルで本心を語った時、「ほんまやねえ」と言われ、その言葉に肩の荷がおりたと語られた。そして、社会の枠組みから外れたくない、しかし自分らしい生き方をしたいと思いが揺れる仲間をみながら、社会への働きかけの必要性を感じるようになったという。それは、情報が伝わらない、行き届かないなかでメディアが歪んだ情報を社会に植えつけているという現状認識のもと、だからマイノリティが力を合わせて社会的活動をしなければならないのだという意志が大切だと思えてきたからである。さらに、性マイノリティが抱える問題は社会問題になっても地域問題にはなり得ないという問題意識の段階に入り、より身近な問題として捉える活動を現在展開中である。最後に、マイノリティであるからこそもつ強さや経験が、現在の福祉職に幅をもたせていることを語られた。  
 展示や資料に触れることと講演を通して、真実はどこにあるのか、ということを考え続ける姿勢を我々がもち続けないと、差別や偏見の歴史は繰り返されるのだということを再確認した。  
 今回の現場セミナーは、兵庫、大阪のもつ地域色を取り込んだ豊かな内容で、これからの福祉文化活動に大きな示唆を与えてくれることを実感できるものであった。 (神戸学院女子短期大学) 


第27回福祉文化現場セミナー
 
地域福祉フォーラムin安塚−今自分にできること考えてみませんか−
2003年11月8日(土)・9日(日)  場所:新潟県
報告・堀井秀幸

 地域福祉の現状と課題を探るため、新潟県安塚町「安塚町町民会館」を会場に、平成15年11月8日(土)から9日(日)までの2日間、地域福祉フォーラム実行委員会・日本福祉文化学会・安塚町の主催による「地域福祉フォーラムin安塚」を開催した。  
 会場には、県内外からNPO法人、ボランティア団体、社会福祉協議会、行政関係者600人の参加があった。  私たちの住む地域には、高齢の方や障害のある方、子育てをしている方など、まわりの人の助けが必要な人たちも多く暮らしている。これらの支援を必要としている人達の自立した生活を総合的に支援するための「地域福祉の推進」が強く望まれている。  
 地域福祉を推進するためには、より身近な地域を単位に、そこに住む人たちが思いやりの心をもって、共に支え合い、助け合うことが必要になっている。  
 この意義についてみんなで考えていこうと、「今自分にできること考えてみませんか〜お互いさまのまちづくり〜」をテーマに「地域福祉フォーラムin安塚」が開催された。  
 第1日目の午前中、安塚の福祉の現状を知ってもらおうと、安塚町内めぐりを計画したところ、120人の参加があった。  見学先は、子育て支援、学童保育、地域の茶の間「にこにこサロン」を一体的に展開している「ふれあいいきいきひろば」、高齢者の共同住宅(グループリビング)「かたくりの家」、不登校やいじめで悩んでいる子どもが親・家族と離れて生活するフリースクール「やすづか自由学園」、ショートステイ、デイサービス、ホームヘルプサービス等の居宅支援を展開している「やすらぎ荘」やボランティアセンターを見学してもらった。  
 参加者からは、実際に活動している各事業の様子を目の当たりにでき、大変有意義なものだったとの評価を得た。  午後、第1日目のフォーラムを開会。  
 開会に先立ち、NPO法人素人芝居大浦安の皆さんから、地元の介護者の介護手記を脚色し、「義母(はは)とともに」と題して、ひとり暮らし痴呆高齢者介護の問題を浮き彫りにした舞台劇を演じてもらった。  
 開会式では、日本における福祉分野の第一人者である日本福祉文化学会会長の一番ヶ瀬康子先生から基調講演。元朝日新聞社論説員 大阪大学大学院教授の大熊由紀子先生からは、「世界から見た日本の福祉」と題し、福祉先進国北欧の福祉と日本の福祉の違いについて、新聞記者として世界各地を訪ね歩いた先駆的な事例を交え講演していただいた。  
 つづいて、地域活動の現状と課題を探るため、県内外で先駆的に活動している、新潟市福祉公社まごころへルプ室長の河田珪子さん、島根県瑞穂町の日高政恵さん、上越市NPOスキップ理事長の丸山芳郎さん、安塚町長の矢野学さんの4人の皆さんから活動の現状と今後の課題についてパネルディスカッションをしてもらった。  
 翌2日目の午前中、頸城(新潟県上越地方)の地域福祉を支える5団体の皆さんから、なぜ地域福祉活動をはじめなければならなかったのか、サービス開始後の利用者や提供者の意識の変化、今後の活動の展望について熱い思いを話していただいた。  
 午後には、NHK解説委員の村田幸子さんより「地域で支える高齢社会」と題して、日本全国の事例を紹介しながら、地域において共に支えあうことの大切さについてお話頂いた。  
 2日間にわたるフォーラムでは、講演、パネルディスカッション、地域で活躍している団体の活動報告等が行われ、会場の参加者は、一言も漏らさないようにとメモを取ったり、録音したりして熱心に聞き入っていた。  
 同時開催した特別ミニギャラリー「佐藤伸夫・岡田清和二人展」では、自ら障害を背負いながらも地域で生活しながら、日夜創作活動にいそしんでおられる2人のすばらしい作品の数々が展示され、見る者すべての目と心を奪っていた。  
 また、会場では知的障害者通所作業所の浦川原村「大杉の里」、松代町の「しぶみの家」の皆さんが製作された作品の販売も同時に行われた。  閉会するにあたり、渡邉副実行委員長が「フォーラムの最後は、前後左右の方と握手して終わりましょう」と閉会のあいさつで呼びかけると、参加された皆さんが、笑顔で握手しながら決意を新たにしていた。  
 このフォーラムの企画運営については、新潟県内の若い有志が集まり、手弁当で進めてきた。メンバーは、北は新発田市をはじめ柏崎市、与板町、上越市、松代町、牧村、安塚町の会社員、大学・社会福祉協議会・市町村職員など13人。職業こそ違うが、フォーラムに対する熱意は人一倍熱く、休日返上で集まり11回の議論を重ねてきた。まさに手作りのフォーラムであった。また、講師の派遣や手配については、日本福祉文化学会員であるメンバーから大きな支援をもらった。  
 今、安塚町は上越地方の14市町村との合併を目前にしている。今一度、地域の人々と共に自分の地域を考える絶好の機会と捕らえた。このフォーラムのテーマである「今自分にできること考えてみませんか〜お互いさまのまちづくり〜」が、大きな輪となって展開されることを願っている。 (新潟県安塚町役場)

感想 乗松 央 (日本社会事業大学大学院 博士前期課程)
 大昔から繰り返されてきたであろう稲刈りの後のイベント、近隣の人々が集う「祭」や「市」が、当日の安塚にもあった。インター・ナショナルならぬ「インター・コミュニティ」の集いが、そこにはあったと思う。クラシック音楽で知られるザルツブルク音楽祭のように特定の聖地で開かれる「祭」もあれば、4年に一度場所を変えて集まるオリンピックのような祭典もある。どのような形であれ地域福祉フォーラムが継続されることを切に期待したい。
 ところで、相異なる人々が相まみえる集いは互いに共感し合う場である一方、お互いの「違い」に気づく場にもなる。  今回のフォーラムでは考え方の「違い」に気づいたことが、一つある。それはボランティアとボランティア団体を1セットで考える習慣があるということだ。これでは有償・無償の問題が見えにくくなってしまう。NPOなどボランティア団体が有償のサービスを提供することと、ボランティアが報酬をもらうのとでは、話の筋道が大きく違ってくる。ボランティア団体がNPO法人になり有償でサービスを提供することは、非営利である限り法律でも認められている通りで、ごく自然な活動だ。しかしボランティアは徹頭徹尾、無償である他なく、「有償ボランティア」は「熱い雪」というほどの言葉の矛盾と言える(この場合の有償とは、時給いくらといった賃金の支給を意味し、交通費・弁当代などの支弁によって無償の原則が崩れる訳ではない)。つまり昔ながらの無償のボランティアが参加するボランティア団体・NPOが、有償のサービスを提供する。それが、これからの地域福祉を展開する上で基本となる仕組みであると考えられる。



第26回福祉文化現場セミナー
 
ハンセン病の歴史と福祉文化―豊かな文化を育む栗生楽泉園で考える―
2003年10月5日(日) 場所:群馬県

 2003年10月5日(日)に群馬県草津町にある国立療養所栗生楽泉園で行われた第26回福祉文化現場セミナーは、今年度の大会(埼玉大会)のテーマのひとつでもあったハンセン病の歴史を学び、今まで片隅においやられてきた福祉の「負の遺産」に気づきながらも、その中で育まれてきた豊かな文化にも触れようとの趣旨で開催された。この栗生楽泉園は「文化の栗生」と呼ばれるほど、短歌、俳句、川柳、詩などの優れた文芸作品を生み出しつづけてきた。外界から遮断され、故郷にも戻れない人々が、何をエネルギーとして文化創造をしてきたのか。それを考えるすばらしい機会になった。  
 まずお話をうかがったのが、1982年に俳句の世界では言わずとしれた「蛇笏賞」を受賞したこともある楽泉園きっての俳人、村越化石さんである。村越さんは41年に入園、そこで俳人の大野林火と出会う。苦しい生活に打ちのめされながらも、「どうせ人生ここで終わりになるなら何か残そう」との一心で、俳句を始められた。  
 そして村越さんは、1950年の年の瀬に詠んだ一句「除夜の湯に肌触れ合いに生きるべし」を紹介された。この頃、ハンセン病治療の特効薬「プロミン」が日本にも輸入されはじめたのである。つまり薬を飲んだ人々は、何とか生きられるという希望が体の中に湧き、生きる喜びを初めて知ったのである。当時1300人の入園者に対し、2つの風呂しかない状態ではあったが、大晦日の夜、風呂につかりながら、その喜びをかみしめ、詠んだ句であった。  
 次に語っていただいたのは、自治会会長の藤田三四郎さん。国家賠償法訴訟の判決に対する国の控訴断念決定に際しても、大きな役割を果たした方である。一方で藤田さんもまた楽泉園を代表する文化人のひとりで、自治会の機関紙に川柳、短歌、詩などを毎号発表され、すでに何冊もの著書もある。藤田さんにはらい予防法の成立から、栗生楽泉園の歴史を、その体験も交えながら語っていただいた。特に楽泉園に作られた「特別病室」と呼ばれる重監房の話、また入園当初の患者自身による看護と重労働の話、結婚当初の断種手術の話などが、淡々と語られながらも、その悲惨さが聞く側の心を凍らせた。1945年一年だけでも135名が死亡、そのたびに入園者が地獄谷から薪を運ばされ、駄賃はたった大豆一杯のみ。冬は氷点下10度〜20度という厳しい寒さの草津で、重監房では凍死する者もいたという。そして現在でもなお、故郷には帰れず、何十年かぶりの父母の墓参りでも知っている人に姿を見られないかと気を遣う状態なのである。先日熊本でのハンセン病元患者に対する宿泊拒否の事件が、大々的に報じられたが、まさに法律は廃止されてもなお、差別意識はなくならず、この心のバリアをどう取り除くかがこれからの大きな課題であるという。  
 お二人のお話をうかがった後、園内にある資料館、納骨堂、重監房跡などを見学した。そこにあるひとつひとつの史料や土台の石が「負の遺産」を物語っており、こうした歴史を踏まえ、今後の豊かな福祉文化をあり方を考えなければいけないという思いを強くしたセミナーであった。



第25回福祉文化現場セミナー
日程 2003年2月15日(土)-16日(日)
場所 奈良市ならまちセンターとたんぽぽの家 
たんぽぽの家に学ぶ「福祉文化」
石田 易司(桃山学院大学)
たんぽぽの家
 去る2月15日、16日の2日間、奈良市で現場セミナー「たんぽぽの家に学ぶ福祉文化」が実施された。1日目は、障害者の文化活動に25年間取り組んでいるたんぽぽの家の理事長播磨靖夫さんの先駆性にあふれたチャレンジ精神を、一番ヶ瀬会長の見識や洞察に富んだことばで包んだ対談。会場の聴衆も巻き込んで、深まりのある本音の話し合いがもたれた。
 2日目は、たんぽぽの家を訪問し、障害者と一緒に書や陶芸を体験するワークショップ。5つのコースに分かれ、それぞれ数人の障害者とボランティア、講師とセミナー参加者が一緒に芸術を体験した。
 書のコースでは、右手を体に固定し、左手で巨大な筆にたっぷりの墨をつけ、好きな一字をたたみ一畳大の紙に、のびのびと体全体を使って書く。その後、それぞれの作品を批評しあった。
 陶芸のコースでは、一升瓶に土を巻き、巨大なビアジョッキーを作り上げた。誰でもが満足できる作品がつくれる手法は見事。
 鑑賞のコースでは、アイマスクをつけ、陶芸作品に触って鑑賞したり、見えない人に説明をし、感想を話し合う心の中での絵画鑑賞をし、通り過ぎるだけでは味わえない鑑賞の醍醐味を味わった。
 語りのコースでは、一編の詩を、グループに分かれ、群読した。障害がある人もない人も、すべての人が出番を持ち、自分なりの表現で読む。同じ詩も、表現によってこうも違うものかと思えてくるのが不思議である。
 障害者が主人公で、職員やボランティアもお互いに「さんづけ」で呼び合うたんぽぽの家の雰囲気にどっぷりひたり、短い時間にもかかわらず、何かを得ることのできたセミナーだった。
 会員ゼロの奈良県で実施したにもかかわらず、60人を超える参加者があり、その内容の豊かさとともに、これからの福祉文化活動に大きな可能性があることを実感した2日間であった。



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